『ワシントンの陰謀』掲示板
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本日の3つめの話題です
投稿者:
ueda
投稿日:2004年 9月 7日(火)12時02分15秒
こんにちは、皆さん、植田です。
「公式・日本史」の背景にあるもの
について書きました。
「近代合理精神」をブレークする
投稿者:
ueda
投稿日:2004年 9月 7日(火)10時12分9秒
こんにちは、皆さん、植田です。
「近代合理精神」をブレークする
の話題を書きました。
今朝、一つ、書きました
投稿者:
ueda
投稿日:2004年 9月 7日(火)08時28分51秒
おはようございます、皆さん、植田です。
映画「禁断の惑星」と、人間の秘密
について書きました。
本日の4つめでです。
投稿者:
ueda
投稿日:2004年 9月 6日(月)19時21分5秒
こんばんは、皆さん、植田です。
律令理性と自然理性を区別すると、
という書き込みをしました。
本日、三つ目です。
投稿者:
ueda
投稿日:2004年 9月 6日(月)13時33分13秒
こんにちは、皆さん、植田です。
無気力フリーターがうまれるわけ
について書きました。
本日、二つ目です。
投稿者:
ueda
投稿日:2004年 9月 6日(月)09時59分7秒
こんにちは、皆さん、植田です。
「知は力なり」の、日本人とイギリス人の解釈の違い
について書きました。
近代哲学における「バトル・オブ・ブリテン」
投稿者:
ueda
投稿日:2004年 9月 6日(月)08時31分16秒
おはようございます、皆さん、植田です。
近代哲学における「バトル・オブ・ブリテン」
について書きました。
掲示板の件
投稿者:
ueda
投稿日:2004年 9月 6日(月)07時25分20秒
おはようございます、皆さん、植田です。
Sさんからメールがありました。
掲示板に書き込んだところ、字数がオーバーしたとのことです。
新ホームページの掲示板ですが、どうやら今まで使っていたこちらの掲示板のほうが使いかってがよさそうです。迷っていたのですが、やはり、こちらの掲示板を新ホームページでも使おうか、と思います。
あと2週間ほど、お待ちください。
で、Sさんのメールですが、公開してもよい、ということなので、ここに転載します。以下です。
「 初めて投稿致します。律令理性の定義付けは、植田さんにお任せすることにして、“自然”理性について、気になっていることを書きます。
私は、イギリスの政治哲学者「I.バーリン」を読んできて、彼がイギリス経験論哲学の立場から分析する「“大陸合理主義の”理性」論を、そのヨーロッパの哲学・思想史に対する根源的な批判として受け取りました。同時に、この「理性」に対する経験論的評価は、(バーリンの世評の高さからも)おそらく英米系の哲学者、政治学者、法哲学者が共有する認識とも考えられます。
バーリンの「理性」に対する批判は、「西欧の知的伝統の中核にある、すべての真の問題には一つの真の答え、一つだけの答えがある、という考え方は間違っている。」という、プラトンン以来の永遠の哲学の批判としてであり、また、今話題のレオ・シュトラウスなどに即して言えば、普遍的存在としての自然権への反論としても、ありえているでしょう。
理性を「思考−自我」に、とくに神の下の平等な個としての”私”という以上に、「自我」という社会的な広がりを持った個を想定しているところに、植田さんの歴史−思想史を踏まえた議論の広がりを感じます。しかし、バーリンが「自由論」の中で述べているように、「真の自我(=理性)は、それが自由とする個人的自我より広大な一つの社会的全体の唯一の意志を成員に強いることで、一体化させる。」という衝動が“大陸合理主義の”理性に潜んでいるとしたら、“自然”理性という命名はいくつかのカテゴリーに分けて振り直した方が良いのではないでしょうか?(もっとも、律令理性に対しては自然理性としか名付けようがないかも知れません。確かに個人が立つべき地平は、そこにあるでしょうから。)
なによりも、“アングロ・サクソン”理性が気に入ってます。同様に“大陸合理主義”理性もあるような気がします。ただし、私はシュタイナーを読んでいないので、人智学が想定している境地は理解の外ですが。
バーリンが批判したような意味を越えて、絶対性への憧憬から遠ざけて理性を成立させ得れば一番良いのでしょうが。理性もまた歴史的所産であり、そのくびきが災いしているようにも思えます。
PS. まったく世俗的なことですが、もし、「律令理性と自然理性」を上梓されたら、帯の推薦文は絶対に養老孟氏です。彼は、すぐさま理解してくれるでしょう。なにしろ彼が戦ってきたものが、まさに律令理性の権化だったでしょうから。 」
うーむ。 養老氏に関心が出ました。
あとは、新ホームページのほうで。
時間が取れました
投稿者:
ueda
投稿日:2004年 9月 5日(日)16時54分8秒
こんにちは、皆さん、植田です。
みずから招いた戦後日本の属国状態、という話題で書きました。
ま、原稿もホッと一息です。
昨日に続いて、本日も書き込みができません
投稿者:
ueda
投稿日:2004年 9月 5日(日)05時58分8秒
おはようございます、皆さん、植田です。
きょうも一日、書き込みができそうにないので、よろしくお願いします。
ボーンズ本の原稿です。
あしたは、こちらに時間がとれると思います。
以上は、新着順31番目から40番目までの記事です。
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